平成の髪型は5年ごとに流行が入れ替わった

平成の髪型は、およそ4〜5年ごとに流行が入れ替わりました。資生堂のトレンド研究は、10年単位だった流行の変化が、平成に入ってから4〜5年単位に速まったと説明しています。

平成は1989〜2019年の約30年間

平成は1989年1月8日に始まり、2019年4月30日に終わりました。昭和64年1月7日の臨時閣議で新しい元号が決まり、翌日から平成になったことが、国立公文書館の資料に残っています。

西暦に直すと、1990年代は平成2〜11年、2000年代は平成12〜21年、2010年代は平成22〜31年です。「90年代の髪型」として覚えている流行も、平成の髪型の一部に当たります。1989年と2010年代まで含めて並べると、髪型の移り変わりが一続きで見えてきます。

時期と男女で見る平成の髪型の早見表

平成の髪型を5年ごとに区切ると、女性はワンレンから巻き髪を経てボブへ、男性はロン毛からソフトモヒカンを経てショートマッシュへと移りました。

時期と男女で見る平成の髪型の早見表の表

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時期と男女で見る平成の髪型の早見表の表
西暦平成女性男性
1989〜1993年元〜5年ワンレン、ソバージュ、とさか前髪テクノカット、パンキッシュ
1994〜1998年6〜10年茶髪、レイヤー、シャギーロン毛、茶髪、ドレッド
1999〜2003年11〜15年明るい髪色、ヤマンバ男性用カラー、ソフトモヒカン
2004〜2008年16〜20年エビちゃん巻き、盛り髪ウルフ、ムービングヘア
2009〜2013年21〜25年ゆるふわ、ワンカールボブスマートヘア、ショートマッシュ
2014〜2019年26〜31年ボブ、シースルーバングツーブロック、フェード

時期の区切りは資生堂のトレンド研究にならい、女性の髪型は資生堂の研究、ヘアアイロンメーカーへの取材記事、渋谷の流行の検証記事に、男性はマンダムの資料や美容の専門家の解説にもとづいています。表の最後の区切りは、平成が終わる2019年4月までを含みます。流行の時期が資料で分かれる髪型もあるため、表の区切りは目安です。

芸能人から美容師と道具へ流行が広がった

平成の髪型は、芸能人の髪型を美容師が再現し、道具が広まって家でもまねできるようになる、という順で広がった髪型が多くあります。2000年代の「エビちゃん巻き」は、その流れがよく分かる例です。

ヘアアイロンメーカーのクレイツによると、この髪型を作ったのはカリスマ美容師の宮村浩気さんでした。同氏と組んで出した一般向けのアイロンは、発売当初の数百台から3年間で30万台以上に売れ行きを伸ばしたといいます。

エビちゃん巻きやベッカムヘアのように、芸能人やスポーツ選手の名前がついた髪型が多いのも、こうした広がり方の表れです。資生堂は、平成に流行の中心が女子大生から女子高生へ移り、若い世代が流行を引っ張るようになったとも分析しました。

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平成初期から90年代の女性の髪型

平成初期から90年代の女性の髪型は、バブルの名残のソバージュやとさか前髪から、茶髪のロング、毛先を軽くしたレイヤーやシャギーへと移りました。90年代の終わりには、ガングロやヤマンバのように、髪色で個性を競う装いも渋谷に現れています。

ソバージュととさか前髪|バブルの名残

平成元〜5年の女性は、バブルの華やかさを残した長い髪が中心でした。資生堂は、段の入らないワンレンのロング、毛先だけにパーマをかけたソバージュ、前髪を立たせたとさかヘア、薄くおろしたすだれ前髪を挙げています。

ジュリアナ東京で「お立ち台の女王」と呼ばれた荒木久美子さんは、80年代のバブルをワンレンに肩パッド入りのスーツ、90年代のバブルをソバージュにトサカ前髪とボディコンと振り返りました。ワンレンは昭和の終わりから平成初期、ソバージュととさか前髪は平成初期と覚えておくと、写真の年代の見当がつけやすくなります。

アムラーの茶髪ロング|1996年の流行語

1996年(平成8年)の新語・流行語大賞では、「アムラー」がトップテンに入りました。安室奈美恵さんのファッションをまねた若い女性を指す言葉で、超ミニスカート、底の厚いブーツ、肩まで垂らす長い髪が条件とされています。

テレビ東京の記事は、茶髪・細眉・小麦色の肌がコギャルの定番になったのは、1995〜1996年のアムラーブームからだと説明しています。資生堂も、この時期に若い女性のあいだでヘアカラーが大きく広がったと整理しました。長い茶髪の写真なら、90年代半ば以降の流行と考えてよいでしょう。底の厚い靴は厚底ブーツの図鑑で詳しく紹介しています。

レイヤーとシャギー|毛先を軽くした段カット

レイヤーは毛先に段差をつけるカット、シャギーは毛先をすいて量を減らし、軽く見せるカットです。資生堂は平成6〜10年の項で、メディアで「カリスマ美容師」が人気となり、茶髪とともにレイヤーやシャギーが提案されたと書いています。

クレイツによると、1990年代半ばには、髪をまっすぐに伸ばす女性用のストレートアイロンが美容室に広まりました。段の重なりが目立つならレイヤー、毛先がギザギザに軽く見えるならシャギーと呼び分けると、当時の髪型が人に伝わりやすくなります。

ガングロとヤマンバ|茶髪から白い髪へ

ガングロは1998年に渋谷に現れた装いで、髪は茶髪か、白に近い色まで脱色した髪でした。シブヤ経済新聞の検証記事によると、1999年にはガングロの茶髪に白い髪も加わり、「ヤマンバ」という呼び名が広まります。雑誌で最初に紹介されたのは1998年9月だったと、同じ記事は伝えています。全盛期は1998〜2000年で、2001年春には姿を消しました。

短い期間の流行でしたが、髪色まで大胆に変える装いは、平成の若者が髪で個性を表した代表例です。メイクや装いはガングロの図鑑、ギャルの系統の移り変わりは平成ギャルとはで紹介しています。

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2000年代から平成末の女性の髪型

2000年代の女性の髪型は、縮毛矯正のサラサラの髪から、ヘアアイロンで作る巻き髪へ移り、平成の終わりには自然なゆるふわやボブに落ち着きました。巻き髪はエビちゃん巻き、名古屋巻き、盛り髪と、呼び名がいくつも生まれるほど広がっています。

縮毛矯正のサラサラ髪|カリスマ美容師の時代

2000年前後は、美容師そのものが注目を集め、サラサラでつやのあるロングヘアも好まれた時期です。美容師の野沢道生さんは、フジテレビ系の番組「シザーズリーグ」が始まった1999年ごろに「カリスマ美容師」という言葉が出てきたと振り返っており、呼び名が広く使われたのはこのころからです。2000年のドラマ『ビューティフルライフ』では、木村拓哉さんが美容師の役を演じました。

クレイツの担当者は、安室奈美恵さんをまねてヘアカラーをする人が増え、縮毛矯正もブームになり、髪の傷みへの意識からパーマをかける人が大きく減ったと話しています。縮毛矯正はストレートパーマと同じく2種類の薬剤で髪をまっすぐにする施術ですが、熱を加える工程があり、2時間以上かかることも多いといいます。

エビちゃん巻きと名古屋巻き|アイロンの巻き髪

エビちゃん巻きは、段を入れたロングヘアの毛先を、ゆるく内側に巻いた髪型です。『CanCam』の専属モデルだった蛯原友里さんの髪型から名前がつき、2000年代半ばに大きなブームになりました。

文春オンラインによると、この時期の『CanCam』は最大で80万部を超えていました。クレイツの担当者は、モデルではなく髪型を作った美容師に焦点が当たったことで、読者が自分でもモテ髪になれると感じたのではないかと見ています。同じころには名古屋巻きも、2000年代の巻き髪を代表する呼び名として広まりました。

盛り髪とリバース巻き|2000年代後半の華やかさ

平成16〜20年の女性の髪は、程よい重さのセミロングやロングに、トップやサイドのボリュームを足した形でした。資生堂は、髪色がやや暗めのブラウンへ移り、エクステやヘアアイロンで巻き髪を作るようになったと整理しています。

2000年代後半になると、盛り髪や、ハリウッドのセレブブームとともに広まった外国人風のリバース巻きも流行しました。2012年に明治学院大学の講師だった北村文さんは、雑誌『小悪魔ageha』が読者の象徴である盛り髪さえ「外敵から身を守るための武装」と捉え直している、と指摘しています。age嬢の装いは平成ギャルとはでも取り上げています。

ゆるふわとワンカールボブ|震災後の自然な髪

平成21〜25年は、作り込んだ巻き髪から、ふんわりした自然な髪へ流行が移りました。資生堂は、パーマやアイロンで作るふんわりした巻き髪や、毛先を内巻きにしたナチュラルな髪を、この時期の特徴に挙げています。

クレイツによると、2011年の東日本大震災のあとには、毛先をワンカールさせたショートボブが生まれ、短い髪でも巻く習慣が広がりました。2013年に同社が自動で巻けるアイロンを出すと、買う人は大学生以上から高校生にも広がったそうです。

ボブとシースルーバング|平成最後の5年

平成26年から平成の終わりにかけては、ボブが人気を集め、前髪にも新しい名前がつきました。資生堂は、かきあげた前髪と、薄くおろした「シースルーバング」をこの時期に挙げ、シースルーバングをバブル期のすだれ前髪の再来と位置づけています。平成の初めの前髪が25年ほどで名前を変えて戻ってきたことは、流行がめぐる様子を示す分かりやすい例です。

2018年には、白髪を染めずに生かす「グレイヘア」も新語・流行語大賞にノミネートされました。

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平成の男性の髪型はロン毛から刈り上げへ

平成の男性の髪型は、90年代半ばのロン毛と茶髪、2002年のソフトモヒカン、2000年代のウルフや毛束感のある髪を経て、2010年代のショートマッシュやツーブロックへ移りました。芸能人やスポーツ選手に加え、男性用のカラー剤や整髪料の登場も流行を後押ししています。

テクノカットとドレッド|平成初期の男性

平成初期の男性の髪型は、80年代後半のバブル期から続く形が中心でした。山野美容芸術短期大学の富田知子教授は、ロート製薬の広告企画記事で、テクノカットや前髪の長いパンキッシュがバブル期に登場し、平成初期にはドレッドヘアも見られたと説明しています。

整髪料メーカーのマンダムの資料によると、同社のギャツビーは1988〜1993年に、泡状のスタイリングフォームやジェルを主力にしていました。当時の売れ筋の整髪料は、泡やジェルの形だったことが分かります。

ロン毛と茶髪|1990年代半ばのメンズ

90年代半ばの男性を代表する髪型はロン毛です。テレビ東京の記事は、1995年の渋谷ではキムタクブームと江口洋介さんの影響で、男性のロン毛が広く受け入れられていたと伝えています。

富田教授によると、平成のロン毛は昭和の長髪と違って整えられ、軽やかで清潔感があり、まねしやすいことも流行の理由でした。一方でテレビ東京の記事によると、1995年ごろは髪を染めると不良と見られることもあり、男性のヘアカラーが一般的になるのは少し後でした。ギャツビーは茶髪ブームを受けて、1996年に男性用の「メンズブリーチ」を発売しました。二人が出演したドラマの放送年は、平成ドラマの名作一覧で確かめられます。

ソフトモヒカン|2002年のベッカムヘア

2002年は、サッカー選手の髪型が男性の流行を決めた年です。この年の新語・流行語大賞では「ベッカム様」がトップテンに入り、解説にはベッカム選手の髪型が若者の間で流行したと書かれています。

FASHIONSNAPによると、その髪型はサイドを短く刈り込み、トップに長さを残したソフトモヒカンでした。同じ髪型を頼む人が続出し、会社員にも広がったといいます。同じ大会のロナウド選手の髪型は「大五郎カット」と呼ばれ、まねする子どもも多く見られました。前年の2001年3月にはギャツビーが業界初の男性用ヘアカラーシリーズを出し、2003年のメーカー発表で年間の販売数量は1,000万本を超えています。

ウルフとムービングヘア|2000年代の束感

2000年代の男性は、毛束に動きをつける髪型が主流になりました。ウルフカットは、段差を大きくつけて切り、トップを短く、襟足を残して薄くする髪型です。流行の時期は、資料によって1990年代から2000年代まで分かれます。

マンダムの資料は、2005年ごろに主流だった若者の髪型を、毛束感やハネ感を重視した「ムービングヘア」と説明しました。2006年8月には、木村拓哉さんをイメージキャラクターにしたワックス「ギャツビー ムービングラバー」が発売されました。ワックスで作った束やハネは、2000年代の男性の写真を見分ける手がかりになります。

ショートマッシュとツーブロック|2010年代

2010年代の男性の髪型は、作り込まない自然な短髪へ移りました。マンダムは、若者の好みが毛束感のある髪から、自然で軽やかな毛流れの「スマートヘア」へ移ったと説明しています。

富田教授は、スマートフォンやSNSで海外の情報を得やすくなり、すっきりした髪型が好まれたとして、ショートマッシュや、長めの髪と刈り上げを組み合わせたツーブロックを挙げています。ツーブロックは校則で禁じられることもありましたが、東京都教育委員会によると、全日制や定時制などの課程で数えたツーブロック禁止の都立高校の指導は、2021年4月の24課程から同年12月には0課程になりました。

富田教授は、1990年代後半から理容室より美容室を使う男性が増え始めたと説明しています。ホットペッパービューティーアカデミーが2015年3月に全国の人口20万人以上の都市に住む20〜69歳の男女7,000人へネットで聞いた調査では、過去1年に美容室を使った20代男性は44.0%で、理容室の37.0%を上回っていました。

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令和に戻ってきた平成の髪型

令和に入って、2000年前後に流行したレイヤーやウルフ、Y2Kのヘアアレンジを若い世代が取り入れるようになりました。ただし当時のままではなく、長さや量を今風に整えた形で広がっています。

2000年前後のレイヤーやウルフが再流行

レイヤー、姫カット、ウルフは、令和に再び人気を集めている平成の髪型です。小学館のOggiは2025年3月に、この3つを2000年前後に流行したスタイルとして紹介し、美容師の柏倉智紀さんは特にレイヤーがトレンドを引っ張っていると話しています。

ホットペッパービューティーマガジンは、大人向けのウルフとして、トップと襟足の差をつけすぎない自然な形を紹介しています。資生堂も、平成生まれの世代は自分が生まれたころの文化を新しく作り直しながら取り入れていると分析しました。

Y2Kヘアは平成女児の世代まで広がった

Y2Kは2000年前後の雰囲気を取り入れたスタイルで、ホットペッパービューティーマガジンによると、髪型でも注目を集めています。若者の流行を調べるSHIBUYA109 lab.は、2019年ごろから90年代から2000年代のファッションが流行し始めたと整理しました。

同じSHIBUYA109 lab.は「トレンド予測2026」で、Y2Kの流行が長く続くなか、注目されるテーマがギャルから平成女児へと若い世代に移っていると分析しています。ヘアでは、少女漫画のキャラクターの髪型を取り入れる動きにも触れました。服の着こなしはY2Kファッションとは、当時の女の子の持ち物は平成女児のテーマページで紹介しています。

まねするときは髪型の名前と形で伝える

平成の髪型をまねするときは、当時の名前に加えて、長さや前髪、段の入り方、髪色といった形の特徴まで伝えると、思い描いた髪型に近づきます。時代によって、同じ形でも呼び名が変わるためです。

たとえば、薄くおろした前髪は、平成初期に「すだれ前髪」、平成の終わりには「シースルーバング」と呼ばれました。姫カットも、顔まわりだけにウルフの段を入れた形として紹介される例があります。クレイツの担当者によると、今は美容室にサロンモデルの画面写真を持っていく人が多いそうです。写真に名前と形の特徴を添えれば、行き違いを減らせます。

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まとめ

平成の髪型は、およそ5年ごとに流行が入れ替わりました。女性はソバージュから茶髪のロング、エビちゃん巻き、ゆるふわ、ボブへ、男性はロン毛と茶髪からソフトモヒカン、ウルフ、ショートマッシュへと移り、芸能人や美容師、アイロンや整髪料が流行を広げています。令和にはレイヤーやウルフが、形を今風に変えて戻ってきました。

同じ時代の服や小物もあわせて振り返りたくなったら、平成のファッション図鑑で、厚底ブーツやルーズソックスなど当時の装いを見てみてください。

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参考資料

個別の品やサービスの発売時期は、各図鑑ページで項目ごとに出典を示します。

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