90年代のアイドルは平成2〜11年の人気者

90年代のアイドルとは、1990〜1999年、つまり平成2年から11年に活躍したアイドルのことです。歌番組が相次いで終わった一方で、ドラマやCM、バラエティ、オーディション番組から新しい人気者が次々に生まれました。

本記事では、10代でデビューし、テレビを中心に人気を集めた歌手やグループを広くアイドルとして紹介します。デビュー年は、CDを全国に売り出したメジャーデビューの年でそろえています。

今の40代から50代が10代だった時代

90年代のどこかで10代だったのは、1971〜1989年ごろに生まれた人です。2026年には30代後半から50代半ばになり、なかでも1976〜1984年ごろに生まれた今の40代半ばから50歳前後は、10代の大半を90年代に過ごしています。

平成は1989年1月8日に始まったので、90年代は平成の最初の3分の1に重なります。1989年の秋から冬にかけては、CoCo(9月)、宮沢りえさん(9月に歌手デビュー)、ribbon(12月)が相次いでデビューし、90年代のアイドルにつながる顔ぶれがそろいました。

歌番組が減り「アイドル冬の時代」と呼ばれた

アイドル評論家の中森明夫さんは、おニャン子クラブの解散後の1988年から90年代半ばごろを、アイドル人気が落ち込んだ「冬の時代」と呼んでいます。背景には、アイドルが新曲を披露してきた大型の歌番組が相次いで終わったことがありました。

TBSの『ザ・ベストテン』は1989年9月、フジテレビの『夜のヒットスタジオ』は1990年10月に終わっています。社会学者の太田省一さんも、「テレビに出て歌っていれば人気が出る時代」は終わっていたとし、アイドルはバラエティに活躍の場を求めたと説明しています。

ただし、この時期もドラマやCMで大人気になったアイドルはたくさんいました。冬だったのは「アイドルの人気」そのものより、歌番組から人気者が生まれる仕組みだったと考えると、当時の実感とも合います。

90年代アイドルのデビュー年の早見表

この記事で紹介する主なアイドルを、メジャーデビューの年の順に並べました。名前を思い出せないときは、デビュー曲から探すと見つけやすくなります。

90年代アイドルのデビュー年の早見表の表

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90年代アイドルのデビュー年の早見表の表
デビュー年名前デビュー曲種類
1989年CoCoEQUALロマンス女性グループ
1989年宮沢りえドリーム・ラッシュ女性ソロ
1989年ribbonリトル☆デイト女性グループ
1990年高橋由美子Step by Step女性ソロ
1991年観月ありさ伝説の少女女性ソロ
1991年SMAPCan't Stop!! -LOVING-男性グループ
1992年SUPER MONKEY'S恋のキュート・ビート女性グループ
1994年TOKIOLOVE YOU ONLY男性グループ
1994年内田有紀TENCAを取ろう!−内田の野望−女性ソロ
1995年V6MUSIC FOR THE PEOPLE男性グループ
1996年SPEEDBody & Soul女性グループ
1997年広末涼子MajiでKoiする5秒前女性ソロ
1997年KinKi Kids硝子の少年男性グループ
1997年DA PUMPFeelin' Good 〜It's PARADISE〜男性グループ
1997年Folderパラシューター子どものグループ
1998年モーニング娘。モーニングコーヒー女性グループ
1998年鈴木あみlove the island女性ソロ
1999年深田恭子最後の果実女性ソロ
1999年嵐A・RA・SHI男性グループ

安室奈美恵さんは1992年にSUPER MONKEY'Sのメンバーとしてデビューし、のちにソロで活躍しました。モーニング娘。は1997年に結成され、インディーズのCDを売ったあと1998年にメジャーデビューしています。宮沢りえさん・内田有紀さん・広末涼子さん・深田恭子さんは、CMやドラマで人気になったあとの歌手デビューの年です。

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90年代前半に人気だった女性アイドル

90年代前半に人気だった女性アイドルの代表は、宮沢りえ、CoCo、ribbon、高橋由美子、観月ありさ、内田有紀です。歌番組が減った時代らしく、多くはCMやドラマで人気を得てから歌でも活躍しました。

1987年にデビューした森高千里さんも、「私がオバさんになっても」(1992年)や「渡良瀬橋」(1993年)など、90年代前半にヒットを重ねた一人です。

宮沢りえ|CMと映画から人気になった先駆け

宮沢りえさんは、1987年にCMで注目され、1988年の映画『ぼくらの七日間戦争』で映画初出演にして初主演を果たしました。1989年9月には「ドリーム・ラッシュ」で歌手デビューしています。

1990年にはドラマ『いつも誰かに恋してるッ』に出演し、写真集『Santa Fe』は社会現象と呼ばれるほどのヒットになりました。歌番組ではなくCM・映画・写真集で人気を広げた姿は、90年代のアイドルの先駆けといえます。のちに映画『たそがれ清兵衛』で日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受け、俳優として活躍を続けています。

CoCoとribbon|1989年デビューの2組

CoCoは1989年9月に「EQUALロマンス」でデビューした5人組で、宮前真樹さん、三浦理恵子さんらが所属し、1994年に解散しました。同じ1989年の12月には、ribbonが「リトル☆デイト」でデビューしています。

ribbonは佐藤愛子さん、永作博美さん、松野有里巳さんの3人組で、フジテレビの番組『パラダイスGoGo!!』のアイドル養成講座「乙女塾」から生まれました。1994年に活動を終え、永作さんはのちに俳優として活躍しています。

高橋由美子|歌とドラマの両方で人気

高橋由美子さんは、1989年にTBSのドラマ『冬の旅・女ひとり』でデビューし、1990年4月に「Step by Step」で歌手デビューしました。

1994年にはテレビ朝日のドラマ『南くんの恋人』に主演し、1998年からはフジテレビの『ショムニ』シリーズにも出演しています。歌とドラマの両方で人気を集めた、90年代前半らしいアイドルの一人です。

観月ありさ|1991年に14歳で歌手デビュー

観月ありささんは4歳からモデルとして活動し、1991年に14歳で「伝説の少女」を出して歌手デビューしました。同じ年には日本レコード大賞の新人賞に選ばれ、映画『超少女REIKO』で初主演も果たしています。

1992年にはドラマ『放課後』に初主演し、のちに『ナースのお仕事』シリーズでも長く親しまれました。モデルからドラマ主演へと活躍を広げた、90年代らしい歩み方です。本人はインタビューで、売れる前から知るSMAPを「戦友のような感じ」と語っています。

内田有紀|デビュー曲がオリコン初登場1位

内田有紀さんは、1992年にドラマ『その時、ハートは盗まれた』で俳優デビューし、1994年にはドラマ『時をかける少女』で主演しました。

同じ1994年の10月に出した「TENCAを取ろう!−内田の野望−」で歌手デビューし、オリコン史上初めて、女性ソロ歌手のデビュー曲が初登場1位になりました。ドラマで人気を得てから歌手デビューして大ヒットさせる流れを、象徴する記録です。

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90年代後半に人気だった女性アイドル

90年代後半に人気だった女性アイドルの代表は、安室奈美恵、SPEED、広末涼子、鈴木あみ、モーニング娘。です。歌とダンスで勝負する実力派と、オーディション番組から生まれた新しいスターが、アイドルの「冬の時代」を終わらせました。

1996年にホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを取った深田恭子さんも、1997年のドラマ『FIVE』でデビューし、1999年に「最後の果実」で歌手デビューしています。

安室奈美恵|沖縄から歌とダンスで頂点へ

安室奈美恵さんは、沖縄アクターズスクールの出身で、1992年9月にSUPER MONKEY'Sのメンバーとして「恋のキュート・ビート」でデビューしました。1995年1月の「TRY ME〜私を信じて〜」でブレイクし、同じ年からは小室哲哉さんのプロデュースで「Chase the Chance」「Don't wanna cry」などのヒットを重ねます。

1996年には「Don't wanna cry」で日本レコード大賞を受け、1997年の「CAN YOU CELEBRATE?」は日本レコード協会のミリオン認定を受けました。髪型やファッションをまねる「アムラー」も社会現象になり、2018年9月16日に引退しています。アムラーの装いは平成ギャルの記事で紹介しています。

SPEED|小中学生4人の歌とダンス

SPEEDは、沖縄アクターズスクール出身の今井絵理子さん、上原多香子さん、島袋寛子さん、新垣仁絵さんの4人組です。1995年10月に日本テレビ系の番組でグループ名が公募され、1996年8月に「Body & Soul」でデビューしました。

当時小中学生とは思えない歌とダンスで人気を集め、1997年10月の「WHITE LOVE」はオリコン調べで184.5万枚を売り上げました。この数字は2013年まで女性グループの歴代1位でした。2000年に解散したあと2008年に復活し、2026年8月にデビュー30周年を迎えています。

広末涼子|CMとドラマで一気に人気者へ

広末涼子さんは、スキンケアブランドのコンテストでグランプリに選ばれてデビューし、NTTドコモのCMで一気に人気者になりました。1997年4月には「MajiでKoiする5秒前」で歌手デビューしています。

同じ1997年にはドラマ『ビーチボーイズ』に出演し、1999年には映画『鉄道員』にも出演しました。CMとドラマから人気が広がった、90年代後半を代表するアイドルの一人です。

鈴木あみ|オーディション番組から1998年デビュー

鈴木あみさんは、テレビ東京系のオーディション番組『ASAYAN』の企画で優勝し、1998年7月に小室哲哉さんがプロデュースした「love the island」でデビューしました。最終審査は視聴者の電話投票で、選考の行方をテレビの前で見守る新しいデビューの形でした。

1999年には「BE TOGETHER」がオリコンの1位になりました。現在は鈴木亜美の表記で活動しています。番組の歩みはASAYANの図鑑ページで見られます。

ASAYAN発の大所帯|1998年メジャーデビュー

モーニング娘。は、1997年に『ASAYAN』のオーディションに落選した5人で結成されました。インディーズのCD「愛の種」を5日間で5万枚売ることがメジャーデビューの条件で、これを達成して1998年1月に「モーニングコーヒー」でメジャーデビューしています。

1998年5月には3人が加わり、同じ年の日本レコード大賞で最優秀新人賞を受けました。1999年9月の「LOVEマシーン」はオリコン調べで164万枚のグループ最大のヒットになり、メンバーの加入と卒業を重ねながら今も続いています。詳しくはモーニング娘。の図鑑ページとLOVEマシーンの図鑑ページで紹介しています。

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90年代にデビューした男性アイドル

90年代にデビューした男性アイドルの代表は、SMAP、TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐です。歌番組が減ったなかで、バラエティ番組の司会やコント、体を張った企画で親しまれ、長く続くグループの形を作りました。

沖縄アクターズスクール出身のDA PUMPも、1997年に「Feelin' Good 〜It's PARADISE〜」でメジャーデビューし、歌とダンスで人気を集めたグループです。

SMAP|バラエティで国民的グループに

SMAPは1991年9月に「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビューしました。歌番組が少ない時代に、1996年4月に始まった『SMAP×SMAP』などでコントや料理、トークに挑み、バラエティで人気を広げています。

1996年11月の「SHAKE」から1997年の「ダイナマイト」「セロリ」まで立て続けにヒットし、日本レコード協会の記念誌は、音楽でも国民的アイドル集団の人気を固めたと紹介しています。1998年の「夜空ノムコウ」は、デビュー7年目にして157万枚(オリコン調べ)の大ヒットになりました。社会学者の太田省一さんは、王子様のような光GENJIに対し、SMAPを「フツーの男の子」と表現しています。2016年12月31日に解散しました。

TOKIO|楽器を演奏するバンド形式

TOKIOは1994年9月に「LOVE YOU ONLY」でCDデビューした、メンバーがギターやドラムなどを演奏するバンド形式のグループです。

1995年11月に始まった『ザ!鉄腕!DASH!!』では、農業やものづくりに専門家のような腕前で取り組む企画で人気を集めました。2006年には「宙船(そらふね)」もヒットしています。2025年6月にグループの解散を発表しました。

V6|1995年デビューの6人組

V6は1995年11月に「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビューした6人組です。1997年に始まった『学校へ行こう!』がグループ初のレギュラー番組になり、一般の学生が出演する企画で幅広い世代に知られました。

2014年にはNHK紅白歌合戦に初出場し、デビューから26年後の2021年11月1日に解散しています。番組の人気企画は学校へ行こう!の図鑑ページで振り返れます。

KinKi Kids|CDデビュー前から司会で人気

KinKi Kidsは、1996年に音楽バラエティ『LOVE LOVE あいしてる』のメインパーソナリティを務め、CDデビューの前から人気を固めた2人組です。ドラマ『人間・失格』『若葉のころ』などにも出演しました。

1997年7月には「硝子の少年」とアルバム『A album』を同時に出してデビューし、デビュー曲からの連続1位は2007年にギネス世界記録に認定されています。2025年7月に、グループ名を「DOMOTO」に改めました。

嵐|1999年デビューで2000年代の主役に

嵐は1999年11月に「A・RA・SHI」でCDデビューし、オリコンの週間ランキングで初登場1位、初週55.7万枚を記録しました。デビュー前には、ハワイのクルーズ客船で開いた記者会見も話題になっています。

2008年には「truth/風の向こうへ」で初めてオリコンの年間シングル1位を取り、2009年にはシングル・アルバム・DVD・アーティスト別の年間4冠を果たしました。90年代の最後にデビューして2000年代の主役になったグループで、2026年5月31日の公演でグループの活動を終えています。

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90年代に生まれたアイドルの新しい形

90年代には、バラエティやドラマで人気を得る、オーディション番組から生まれる、歌とダンスの実力で勝負するという、アイドルの新しい形が広がりました。歌番組に代わって、こうした道がアイドルの主な入り口になったのです。

歌番組からバラエティとドラマへ活躍の場が移った

歌番組が減ると、アイドルの活躍の場はバラエティやドラマへ移りました。社会学者の太田省一さんは、森口博子さんや山瀬まみさんのようにバラエティで活躍する「バラドル」が生まれたと説明しています。

アイドル評論家の中森明夫さんは、1988年にドラマの主題歌「愛が止まらない」をヒットさせたWinkを、冬の時代に歌番組以外の道で成功した先駆けと見ています。Winkは1989年に「淋しい熱帯魚」で平成最初の日本レコード大賞を受けました。

オーディション番組とプロデューサーが人気を作った

90年代後半には、テレビ東京系の『ASAYAN』のように、オーディションの過程そのものを見せる番組からスターが生まれました。太田省一さんは、参加者の素の表情まで映す見せ方を平成ならではの手法と説明しています。オリコンは、デビューまでの苦悩や努力まで映すドキュメンタリーのような見せ方で、モーニング娘。が視聴者が感情移入できるグループになったと分析しています。

プロデューサーの存在も大きく、小室哲哉さんは安室奈美恵さんや鈴木あみさんを、つんく♂さんはモーニング娘。を手がけました。小室さんが関わった曲は、1995年から1998年まで4年続けて日本レコード大賞を受けています。

沖縄アクターズスクール出身の歌とダンス

90年代後半には、沖縄アクターズスクール出身のグループや歌手が次々に活躍しました。SUPER MONKEY'Sから巣立った安室奈美恵さん、MAX、SPEED、DA PUMP、Folderなどです。

1997年8月に「パラシューター」でデビューしたFolderには、のちに歌手として活躍する三浦大知さんや、俳優の満島ひかりさんがいました。子どもだけで本格的に歌って踊るグループで、2020年には20年ぶりの再集結も話題になりました。

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2000年代から平成の終わりまでのアイドル

2000年代から平成の終わりまでのアイドルは、モーニング娘。の全盛から、男性グループの活躍、AKB48の誕生、2010年前後の「アイドル戦国時代」、乃木坂46へと移り変わりました。90年代に生まれた「オーディション」「グループで続く」という形が、さらに大きく育った時代です。

ハロプロと松浦亜弥|2000年代前半

2000年代の前半は、モーニング娘。と、同じハロー!プロジェクト(ハロプロ)の仲間のグループが人気の中心でした。日本レコード協会の記念誌は、1999〜2000年を宇多田ヒカル、モーニング娘。、浜崎あゆみが「彗星のように」現れた時代として紹介しています。

モーニング娘。の妹分のオーディションに合格した松浦亜弥さんは、2001年につんく♂さんのプロデュースでソロデビューし、2002年の「桃色片想い」で人気を不動にしました。「あやや」の愛称で、ドラマやバラエティにも活躍の場を広げています。

男性グループがCDの売上を支えた2000年代

2000年代は、男性アイドルグループがCDの売上を支えた時代でした。SMAPの「世界に一つだけの花」(2003年)はオリコン調べで312.8万枚を売り、平成で最も売れたシングルになっています。

日本レコード協会の記念誌によると、CDシングルが売れにくくなった2005年と2006年に、ミリオン認定を受けたシングルは修二と彰の「青春アミーゴ」とKAT-TUNの「Real Face」の1作ずつで、どちらも男性アイドルの曲でした。2003年にはNEWS、2004年には関ジャニ∞、2006年にはKAT-TUNがデビューし、嵐は2009年にオリコンの年間4冠を果たしています。

AKB48|2005年に秋葉原の劇場で始まった

AKB48は、2005年12月8日に東京・秋葉原の専用劇場で初公演を開いたグループです。秋元康さんが総合プロデュースを務め、「会いにいけるアイドル」として劇場で毎日公演を行い、2006年10月に「会いたかった」でメジャーデビューしました。

2009年に始まった選抜総選挙では、ファンの投票で歌うメンバーが決まりました。オリコンの年間シングル1位を2010年から2018年まで9年続けて獲得し、平成のアーティスト別の総売上でも2位に入っています。総選挙は2018年の第10回を最後に開かれていません。詳しくはAKB48の図鑑ページで紹介しています。

Perfumeとももクロ|2010年前後の戦国時代

2010年前後には、全国でご当地アイドルやライブハウスで活動するアイドルが次々に生まれ、「アイドル戦国時代」と呼ばれました。ライターの田辺ユウキさんは、増えた理由の一つにAKB48の大ヒットを挙げています。

広島出身のPerfumeは2005年にメジャーデビューし、2007年に「ポリリズム」を出し、2008年には社会現象と呼ばれる人気になりました。2008年に結成されたももいろクローバーは、2010年にメジャーデビューし、2011年に「ももいろクローバーZ」と名前を改めて、2012年には紅白歌合戦に出場しています。

乃木坂46|坂道シリーズと平成の終わり

乃木坂46は、2011年8月にAKB48の「公式ライバル」として結成され、2012年2月に「ぐるぐるカーテン」でデビューしました。2017年の「インフルエンサー」と2018年の「シンクロニシティ」で、日本レコード大賞を2年続けて受けています。

2016年には欅坂46も「サイレントマジョリティー」でデビューし、「坂道シリーズ」が平成の終わりの人気を引っ張りました。音楽ジャーナリストの柴那典さんは、90年代までアイドルグループの寿命は数年だったのに対し、加入と卒業を重ねる形で2010年代に寿命が大きく延びたと指摘しています。

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まとめ

90年代のアイドルは、歌番組が減った「冬の時代」に、CMやドラマ、バラエティ、オーディション番組へと活躍の場を広げた人気者たちです。宮沢りえさんや観月ありささんから、SPEED、モーニング娘。、SMAP、嵐まで、新しい形のアイドルが次々に生まれました。

当時のヒット曲もあらためて聴き直したくなったら、1990年代のヒット曲の記事で、年ごとの代表曲と売上の記録を、当時の思い出と一緒に確かめてみてください。

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参考資料

個別の品やサービスの発売時期は、各図鑑ページで項目ごとに出典を示します。

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