平成ファッションは平成元年から31年の流行

平成ファッションとは、1989年1月8日から2019年4月30日までの平成の30年間に流行した服や装いのことです。渋カジやボディコンから、コギャル、ユニクロ、ファストファッション、インスタ映えまで、服の値段も流行の発信源も大きく変わりました。

初期・中期・後期の3つに分けると流れがつかめる

本記事では、1989〜1997年を平成初期、1998〜2007年を平成中期、2008〜2019年を平成後期として流行をたどります。公的に決まった区分ではありませんが、流行の節目とよく重なります。

1998年にはユニクロのフリースが話題になって原宿店も開き、スペインのZARAも渋谷に日本1号店を出しました。2008年にはスウェーデンのH&Mが銀座に上陸し、翌2009年には「ファストファッション」が新語・流行語大賞のトップテンに入っています。安い服の広がりを境目にすると、30年の流れがつかみやすくなります。

服にかけるお金は平成3年がいちばん多かった

総務省が全国から選んだ約8,000の二人以上の世帯に家計簿をつけてもらう家計調査では、1世帯が1年に「被服及び履物」に使ったお金は、1991年(平成3年)の30万2,328円が平成で最も多い金額でした。2019年は13万5,677円で、調べる世帯の範囲が途中で変わっている点を考えても、半分以下に減っています。

この金額は品目ごとに集計した年間の支出額で、1999年までは農林漁家を除く二人以上の世帯、2000年以降は農林漁家を含む二人以上の世帯の数字です。

バブル崩壊後の1993年には洋服の青山の「2500円スーツ」が、1994年には「価格破壊」が流行語の賞に選ばれました。日本繊維輸入組合の調べでは、国内に出回る衣料品の数のうち国産品の割合は、1990年の50.1%から2020年には2.0%まで下がっています。平成は、服が高価な憧れの品から、安く手に入る毎日の品へ変わった30年といえます。

平成30年間のファッションを並べた年表

平成の主な流行とできごとを、年の順に並べました。気になる年から、自分が着ていた服を探してみてください。

平成30年間のファッションを並べた年表の表

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平成30年間のファッションを並べた年表の表
西暦平成流行した服・できごと
1989年元年渋カジが若者誌の特集で全国区に
1991年3年ジュリアナ東京が開業
1993年5年2500円スーツ・BAPEが始動
1995年7年エアマックス95が発売
1996年8年ルーズソックス・アムラーが流行語
1997年9年原宿のスナップ誌FRUiTS創刊
1998年10年ユニクロ原宿店とフリース・ZARA上陸
1999年11年カリスマが流行語・men's egg創刊
2000年12年ガングロギャルとパラパラ
2003年15年ユニクロのヒートテックが誕生
2004年16年ZOZOTOWNが運営開始
2006年18年エビちゃん人気・森ガールの名が誕生
2008年20年H&Mが銀座に日本1号店
2009年21年ファストファッションが流行語
2011年23年きゃりーぱみゅぱみゅがデビュー
2014年26年ノームコアが話題に
2017年29年インスタ映えが流行語の年間大賞
2019年31年4月30日で平成が終わり令和へ

流行語は自由国民社の新語・流行語大賞で、トップテン以上に選ばれた語です。ガングロや森ガールのように、広く流行しても賞には選ばれていない言葉もあります。

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平成初期(1989〜97年)に流行したファッション

平成初期に流行したファッションの代表は、渋カジ、ボディコン、コギャルとアムラー、エアマックス95、裏原系です。渋カジのような若者発のカジュアルと、バブル崩壊後に花開いたボディコンが並び、やがて渋谷や原宿の若者が作るコギャルや裏原系が主役になりました。

渋カジ|1989年に全国へ広がった渋谷のアメカジ

渋カジは「渋谷カジュアル」の略で、アメリカの普段着をお手本にしたアメカジの装いです。ファッションジャーナリストの増田海治郎さんによると、1985年ごろに渋谷の路上で生まれ、1989年に若者向けの雑誌が特集したことで全国に広まりました。

革ジャン、リーバイスの501、エンジニアブーツ、紺のブレザーなどが定番です。高価なDCブランドへの反動から生まれた流行で、1991年には「紺ブレ」が新語・流行語大賞の表現部門で銀賞に選ばれました。1992年の春ごろには終わり、いくつものスタイルに枝分かれしていきます。

ボディコン|バブル崩壊後に花開いたジュリアナ東京

ボディコンは、体の線にぴったり沿うセクシーな服です。東京・芝浦のディスコ、ジュリアナ東京で、羽根の付いた扇子を振ってお立ち台で踊る女性の姿が広く知られました。

ジュリアナ東京の開業は1991年5月で、バブル景気が終わった1991年2月より後です。バブルの象徴として語られがちですが、実際はバブル崩壊の直後に花開いた文化でした。1993年には「お立ち台」が流行語の賞に選ばれ、1994年に閉館しています。

コギャルとアムラー|1996年に流行語のトップテン

1996年には「ルーズソックス」「アムラー」「チョベリバ」がそろって新語・流行語大賞のトップテンに入りました。ルーズソックスは、ゴムを抜いてだぼっとさせた白い靴下で、女子高生の間で大流行しました。

アムラーは、歌手の安室奈美恵さんをまねた若い女性たちです。超ミニスカート、底の厚いブーツ、肩まで垂らした長い髪が目印でした。ギャルの系統や渋谷109の役割は平成ギャルの記事、靴下の流行はルーズソックスの図鑑ページで詳しく紹介しています。

エアマックス95|円高で過熱したスニーカー

エアマックス95は、ナイキが1995年に発売したスニーカーです。黒いソールと、下にいくほど濃くなるグラデーションの側面が特徴でした。

編集者の小澤匡行さんによると、雑誌の紹介に加え、1ドルが80円を割る円高で輸入品が割安になったことで人気が過熱しました。転売の値段が1足30〜40万円まで上がり、履いている人から奪う「エアマックス狩り」も社会問題になっています。1997年末に円安へ戻り、行き過ぎた値上がりやエアマックス狩りの弊害も重なって、ブームは落ち着きました。当時の色や型はエアマックス95の図鑑ページで見られます。

裏原系|1993年創業のBAPEが原宿で始動

裏原系は、原宿の裏通り、いわゆる裏原宿から広がったストリートブランドの服です。1993年4月に原宿でA BATHING APEを手がける会社が創業し、迷彩柄やサルの顔のマークのTシャツが人気になりました。

UNDERCOVERも1994年に東京で初めてのコレクションを発表しています。小澤さんの説明では、スニーカーの人気が冷えた1998年ごろ、入れ替わるように裏原系が勢いづきました。裏原宿の流行には、藤原ヒロシさんの影響が大きかったとも語られています。

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平成中期(1998〜07年)に流行したファッション

平成中期に流行したファッションの代表は、ユニクロのフリース、ガングロとカリスマ店員、原宿系、赤文字系のモテ服、age嬢と森ガールです。安くて質のよい普段着が広がる一方で、渋谷・原宿・雑誌ごとに好みの違う系統が次々に生まれました。

2000年前後に流行したローライズのパンツや丈の短いTシャツ、厚底ブーツなどの定番は、今は「Y2K」と呼ばれて再び人気です。当時の着こなしと今の取り入れ方はY2Kファッションの記事にまとめています。

ユニクロのフリース|1998年の原宿店で大ブーム

1998年10月、ユニクロの1,900円のフリースが話題になり、11月には首都圏で初めての都心型の店として原宿店が開きました。若者の街に安くて質のよい普段着の店ができたことは、ユニクロが若い世代に身近になるきっかけでした。

報道によると、フリースは2000年の秋冬だけで約2,600万枚が売れました。2003年には肌着のヒートテックが生まれ、2008年の秋冬には約2,800万枚とフリースを上回る数が売れています。当時の色やブームの様子はユニクロのフリースの図鑑ページで見られます。

ガングロとカリスマ店員|109から流行が生まれた

1999年には「カリスマ」が新語・流行語大賞のトップテンに入り、渋谷109のショップ「エゴイスト」のカリスマ店員が受賞しました。選評は、女子高生の憧れの職業の1位がショップ店員だったと伝えています。

2000年には「パラパラ」がトップテンに入り、その選評にガングロギャルが登場します。日焼けした肌に白い目元を合わせたガングロは、ギャルの流行の中でも特に目立った装いでした。メイクの特徴はガングロメイクの図鑑ページ、ギャルの系統の移り変わりは平成ギャルの記事で詳しく紹介しています。

原宿系とFRUiTS|路上の自由な重ね着

原宿系は、原宿の路上で若者が自由に服や小物を重ねた装いです。1997年に創刊されたスナップ誌『FRUiTS』が、街で撮った写真で原宿の個性的なおしゃれを伝え続けました。

カラフルなヘアピンやアクセサリーをたくさん付けるデコラはその代表で、詳しくはデコラファッションの図鑑ページで紹介しています。『FRUiTS』は2017年に月刊の発行を終えましたが、2024年にはラフォーレ原宿で全号を並べる展示が開かれました。

赤文字系|CanCamとエビちゃんOLの時代

赤文字系は、JJやCanCam、ViVi、Rayなど誌名のロゴが赤やピンクの女性誌が発信した、上品で女性らしいモテ服の系統です。2000年代半ばには、モデルの蛯原友里さんらが人気を集めたCanCamが最大で80万部を超え、「エビちゃんOL」のブームが起きました。

2006年には「エビ売れ(エビちゃん)」が新語・流行語大賞にノミネートされています。一方、2008年下半期のCanCamは34万6,466部で、前の年の同じ時期より24.25%減りました。2004年12月には通販サイトのZOZOTOWNも始まりました。

age嬢と森ガール|2006年前後に生まれた系統

age嬢は、雑誌『小悪魔ageha』が発信した、盛った髪と華やかなメイクの装いです。2005年に前身の雑誌が出て、2006年から『小悪魔ageha』の名前で月刊になりました。

同じ2006年には、インターネットのmixiのコミュニティから「森ガール」という言葉が生まれています。森にいそうな女の子をイメージした、レースやポンチョなど素朴でやさしい服の系統です。ギャル系のage嬢と、ナチュラルな森ガールが同じ時期に広がったところに、好みが細かく分かれた平成中期らしさが表れています。

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平成後期(2008〜19年)に流行したファッション

平成後期に流行したファッションの代表は、ファストファッション、青文字系、ノームコア、ビッグシルエット、インスタ映えです。服が安く速く手に入るようになり、流行を知る場所も雑誌からネットやSNSへ広がりました。

ファストファッション|2008年に海外勢が上陸

ファストファッションは、流行を取り入れた服を安く、短い間隔で次々に売る仕組みです。2008年9月にはH&Mが銀座に日本1号店を開いて約5,000人が並び、2009年4月にはForever 21が原宿の1号店に1,200人の行列を作りました。

ユニクロの姉妹ブランドのジーユーも2009年3月に990円のジーンズを売り出し、同じ年に「ファストファッション」が新語・流行語大賞のトップテンに入っています。選評は、百貨店が苦しむ中で安くて手軽なファッションが社会現象になったと伝えました。その後、Forever 21の原宿店は2017年、H&Mの銀座店は2018年に閉店しています。

青文字系|原宿系モデルが2011年に歌手デビュー

青文字系は、原宿系の雑誌から生まれた、個性的でかわいいおしゃれの系統です。上品なモテ服の赤文字系に対して、自分の好きな服を自由に組み合わせる楽しさが特徴でした。

代表的な存在が、高校生のころ原宿で雑誌のスナップに撮られ、青文字系のモデルになったきゃりーぱみゅぱみゅさんです。2011年には、中田ヤスタカさんのプロデュースによるミニアルバム『もしもし原宿』で歌手デビューしました。原宿系の雑誌の歩みはZipperの図鑑ページでも見られます。

ノームコア|2014年に話題の普通を極めた服

ノームコアは、無地のシャツやシンプルなパンツなど、普通の服をあえて選ぶ装いです。アメリカのトレンド予測グループが作った言葉で、2014年に雑誌や企業で一気に使われ、話題のピークを迎えました。

日本でも、目立つ装いより飾らないシンプルさを大切にするスタイルとして定着しています。ユニクロが2015年にデザイナーのルメールと組んだシリーズを出すなど、ベーシックな服をおしゃれに着る流れが平成の終わりにかけて広がりました。

ビッグシルエット|2010年代後半のゆったり服

ビッグシルエットは、体より大きめのサイズでゆったり着る服です。大妻女子大学の准教授が監修した用語解説によると、1970年代半ばの「ビッグルック」が起源で、2010年代にはデザイナーのデムナが手がけたブランド「ヴェトモン」の登場をきっかけに大流行しました。

体の線を見せるボディコンが流行した平成初期とは反対に、平成の終わりには体をゆったり包む服が大きな流行になりました。昔の形が周期的に戻ってくるのも、ファッションの流行の特徴です。

インスタ映え|2017年の流行語大賞の年間大賞

2017年には「インスタ映え」が新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれました。写真共有アプリのInstagramに載せたときに見栄えがする服や場所を選ぶことが、若い人の流行を動かすようになったのです。

授賞式には、雑誌CanCamの読者モデルの集まり「CanCam it girl」が登壇しました。スタートトゥデイ(現ZOZO)が2013年に始めた着こなし共有アプリのWEARなども含め、平成後期には一般の人が投稿するコーディネートが流行の手本になっていきます。

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平成のメンズファッションの移り変わり

平成のメンズファッションは、渋カジや裏原系のストリートから始まり、ギャル男、ちょいワル、草食男子、シティーボーイへと、理想の男性像とともに移り変わりました。平成の終わりには、裏原宿の文化に影響を受けた世代が世界の高級ブランドを動かすまでになっています。

ギャル男|1999年創刊のmen's eggが発信

ギャル男は、ギャル雑誌『egg』の男性版として1999年に創刊された『men's egg』が発信した、ギャル系の男性の装いです。男性向けの専門誌まで作られたことからも、当時のギャル文化の勢いがうかがえるでしょう。

『men's egg』は2013年11月号で休刊し、報道では背景にギャル男の減少が挙げられています。ギャル男やイベントサークルの文化は、平成ギャルの記事でギャルと一緒に紹介しています。

ちょいワルとクールビズ|2005年の大人の装い

2005年には、男性誌『LEON』の言葉から生まれた「ちょいモテオヤジ」が新語・流行語大賞のトップテンに入りました。少し不良っぽさを加えた「チョイ不良オヤジ」など、大人の男性が自分のおしゃれを楽しむ流れを表す言葉です。

同じ2005年には、政府が呼びかけたノーネクタイ・ノー上着の軽装「クールビズ」もトップテンに選ばれました。会社員のスーツの着方が変わり始めた年でもあります。

草食男子とシティーボーイ|飾らない男性像へ

2009年には「草食男子」が新語・流行語大賞のトップテンに入りました。名付け親のコラムニスト深澤真紀さんが2006年に使い始めた言葉で、恋愛に積極的でなく、車など高い物を見せびらかす消費にも関心の薄い若い男性を指します。

2012年には雑誌『POPEYE』の編集長になった木下孝浩さんが「シティーボーイ」を掲げました。木下さんは、シティーボーイは見た目ではなく、電車で席を譲れるような心の持ち方だと説明しています。2013年には、日差しを避けて日傘を差す「日傘男子」もノミネートされています。

ラグジュアリーストリート|裏原の影響を受けた世代

ラグジュアリーストリートは、高級ブランドがTシャツやスニーカーなどストリートの服を取り入れた流れです。編集者の小澤匡行さんは、2010年代に90年代後半から2000年代のストリートで育った世代が第一線に立ったと説明しています。

2018年には、日本の裏原宿の文化から大きな影響を受けたヴァージル・アブローさんが、ルイ・ヴィトンのメンズのデザインの責任者に選ばれました。平成初期に原宿の路地で生まれた流行が、平成の終わりには世界の高級ブランドに届いたのです。

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令和に再流行している平成ファッション

令和に再流行している平成ファッションは、Y2K、平成ギャル、平成女児の3つです。ファッションジャーナリストの増田海治郎さんは2017年に、1980〜90年代の流行が戻る理由として、当時に青春を過ごした世代が作り手や発信する側になったことを挙げています。

Y2K|2023年に流行語大賞にノミネート

Y2Kは、2000年前後の平成中期のおしゃれを今の感覚で取り入れる流行で、2023年に新語・流行語大賞にノミネートされました。渋谷や原宿の街を定点観測しているパルコの「アクロス」編集室の中矢あゆみ編集長は、2024年にY2Kや平成レトロは確実に盛り上がっていると話しています。

中矢さんによると、特徴は小さめのコンパクトなトップス、太いパンツ、ボリュームのある靴、華やかな飾りです。韓国のアイドルの影響も強いものの、その作り手も日本の1990〜2000年代の文化に影響を受けているといいます。当時の定番と今の着こなしの違いは、Y2Kファッションの記事で比べると分かりやすいでしょう。

平成ギャル|服より前向きな心持ちに憧れ

平成ギャルの再流行では、服や見た目だけでなく、前向きでエネルギッシュな「ギャル・マインド」への憧れが集まっています。若者のトレンドを調べるSHIBUYA109 lab.が、2025年のトレンド予測でこう紹介しました。

同じ予測では、平成の姫系ファッションのように、平成にタイムスリップしたような服や質感も人気だと伝えています。コギャルからage嬢までの系統と、令和の楽しみ方は平成ギャルの記事にまとめています。

平成女児|2025年ノミネートで流行が若年化

平成女児は、1990年代後半から2000年代初めに小学生だった女性が、当時の子ども文化を懐かしむ流行です。2025年に新語・流行語大賞にノミネートされ、SHIBUYA109 lab.は2025年のY2Kの中心が「ギャルから平成女児へ若年化」したと分析しています。

子ども服のブランドやキャラクター、文房具まで含めた平成女児の世界は、平成女児のテーマページで年代ごとにたどれます。SHIBUYA109 lab.の2026年の予測でも、少女漫画のキャラクターのような髪型や服など、平成女児の要素が注目点に挙がりました。

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まとめ

平成ファッションは、渋カジやボディコンの平成初期から、ユニクロや109が流行を生んだ中期、ファストファッションとSNSの後期へと移り変わりました。家計の服への支出は平成3年をピークに半分以下になり、服は高価な憧れの品から、毎日気軽に買える手ごろな品へと変わっています。

懐かしい時代や気になる系統が見つかったら、平成ギャルの記事やY2Kファッションの記事で、当時の定番と今の取り入れ方を詳しく確かめてみてください。

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参考資料

個別の品やサービスの発売時期は、各図鑑ページで項目ごとに出典を示します。

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