90年代のバンドは3つの時期で流れが分かる

90年代の日本のバンドは、80年代末のバンドブームの余韻が残る1989〜1991年、ドラマやCMの曲がミリオンを連発した1992〜1996年、CDの売上が頂点を迎えてロックが多様になった1997〜1999年の3つに分けると、流れがよく分かります。1990年代は平成2〜11年に当たり、平成元年の1989年もこの流れの始まりに含まれる年です。

80年代末のバンドブームはイカ天とホコ天から

80年代末のバンドブームは、テレビの深夜番組と原宿の歩行者天国から広がりました。ソニーミュージックの特集によると、1989年2月に始まったTBS系の「平成名物TVいかすバンド天国」、通称イカ天では、5週続けて勝ち抜いたバンドに「グランドイカ天キング」としてメジャーデビューが約束され、FLYING KIDSやBEGIN、たまがキングになりました。

音楽ナタリーの連載「平成の音楽史」は、担い手は70年代前半生まれの団塊ジュニアの世代で、バンドが普通の中学生や高校生がやるものになったと書いています。シャ乱Qのつんく♂さんのように、80年代後半から90年代半ばまでをまとめてバンドブームと呼ぶ人もいます。

90年代半ばはドラマとCMの曲がミリオンに

1990年代の前半から半ばは、ドラマやCMで流れたバンドの曲が100万枚を超えて売れた時代です。音楽ナタリーの連載は、年間のミリオンセラーが1990年の3枚から1991年に13枚、1992年に25枚へ増えたという音楽評論家の田家秀樹さんの記録を紹介し、背景にカラオケボックスの全国的な広がりとタイアップを挙げています。

同じ連載で大石始さんは、時代が「聴くもの」から「歌われるもの」へ移ったと書きました。同じ連載によると、1993年にはビーイングに所属するアーティストが、シングル売上のトップ20のうち10組を占めました。曲名が出てこないときは、そのころ見ていたドラマやCMから思い出すと見つけやすくなります。

1998年に音楽ソフトの生産金額が最高に

日本レコード協会の統計では、CDやカセットなど音楽ソフトの生産金額は1998年の約6,075億円が最も多く、2010年には音声ソフトだけで約2,250億円と、その4割を下回りました。90年代の終わりは、CDがいちばん作られた時期に当たります。

この1998年にはミリオンヒットが14曲生まれ、1997年のFUJI ROCK FESTIVALを皮切りに、今も続く大型の野外フェスが始まりました。ビジュアル系の流れで語られることもあるGLAYは、1999年に「Winter, again」で日本レコード大賞を受けています。

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90年代初めのバンドはブームから生まれた

1989〜1991年ごろのバンドは、80年代末のバンドブームで人気を集めたグループが、ヒットチャートの上位に並びました。ホコ天やイカ天から全国に知られたバンドも多く、ストレートなロックから沖縄の音楽を取り入れた曲まで、ヒット曲の幅が広がった時期です。

90年代初めのバンドはブームから生まれたの一覧

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90年代初めのバンドはブームから生まれたの一覧
バンド代表曲発売主な記録
THE BLUE HEARTS情熱の薔薇1990年7月オリコン1位
JUN SKY WALKER(S)白いクリスマス1989年11月オリコン1位
爆風スランプリゾ・ラバ1989年7月レコード大賞の金賞
ZIGGYGLORIA1989年7月ドラマの主題歌
ユニコーン働く男1990年7月夢で逢えたらのオープニング曲
たまさよなら人類1990年5月オリコン1位
BEGIN恋しくて1990年3月デビュー作が4位
大事MANブラザーズバンドそれが大事1991年8月オリコン1位
THE BOOM島唄1992年12月レコード大賞のベストソング賞

発売・最高位・タイアップはオリコンのバンド別の記録、受賞は日本作曲家協会の日本レコード大賞の記録にもとづきます。THE BOOMはブームの時期の1989年にデビューしたバンドで、代表曲の「島唄」は1992年の発売です。年ごとのヒット曲は1990年代のヒット曲一覧で確かめられます。

THE BLUE HEARTS|情熱の薔薇が1位

THE BLUE HEARTSは、80年代末のバンドブームを代表するバンドの1つです。オリコンによると1985年に結成し、1987年に「リンダリンダ」でメジャーデビュー、1995年に解散しました。1990年7月25日発売の「情熱の薔薇」は、TBS系ドラマ「はいすくーる落書2」の主題歌としてオリコン1位になっています。

同じころ、原宿のホコ天で人気を集めたJUN SKY WALKER(S)も、1989年11月の「白いクリスマス」でオリコン1位を取りました。オリコンはこのバンドを、80年代後半のバンドブームの代表格と紹介しています。

ユニコーンとTHE BOOM|ヒットの幅が広がった

ユニコーンとTHE BOOMは、それぞれ違う持ち味の曲で90年代初めのヒットを広げました。メンバー全員が曲を作って歌うユニコーンは、1987年にアルバム『BOOM』でデビューし、1990年に『ケダモノの嵐』で日本レコード大賞のポップス・ロック部門のアルバム大賞を受けています。1990年7月の「働く男」はフジテレビ系「夢で逢えたら」のオープニング曲で、バンドは1993年に解散しました。

THE BOOMはホコ天のストリートライブを経て、1989年5月21日にメジャーデビューしました。1992年12月に出た「島唄」は、1993年6月の「オリジナル・ヴァージョン」が29週にわたってランクインし、ソニーミュージックによると150万枚を超えています。1993年の日本レコード大賞ではベストソング賞を受けました。

たまとBEGIN|イカ天から全国区へ

イカ天でグランドキングになったバンドからも、全国的なヒットが生まれました。3代目のキングのたまは、1990年5月5日発売の「さよなら人類」がオリコン1位・24週のヒットになり、この年の日本レコード大賞で最優秀ロック新人賞を受けています。

2代目のキングのBEGINは、オリコンによるとメンバー全員が沖縄県の石垣島の出身です。1990年3月21日のデビュー作「恋しくて」はオリコン4位を記録し、2002年の「島人ぬ宝」は60週にわたってランクインしました。テレビ番組から生まれたバンドが、2000年代にもヒットを出した例です。

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90年代半ばのバンドはミリオンを連発した

1992〜1996年ごろは、ドラマやCMとタイアップしたバンドの曲が次々に100万枚を超えました。Mr.Childrenや米米CLUB、DREAMS COME TRUEのように、平成のシングル売上の上位10曲に名前が残るバンドが活躍した時期です。

90年代半ばのバンドはミリオンを連発したの一覧

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90年代半ばのバンドはミリオンを連発したの一覧
バンド代表曲発売主な記録
米米CLUB君がいるだけで1992年5月平成のシングル売上4位
サザンオールスターズ涙のキッス1992年7月オリコン1位
WANDSもっと強く抱きしめたなら1992年7月オリコン1位
THE虎舞竜ロード1993年1月レコード大賞のヒットシングル賞
DEENこのまま君だけを奪い去りたい1993年3月デビュー曲が2位
Mr.ChildrenTomorrow never knows1994年11月平成のシングル売上6位
スピッツロビンソン1995年4月レコード大賞の金賞
シャ乱Qズルい女1995年5月レコード大賞の金賞
L⇔RKNOCKIN' ON YOUR DOOR1995年5月オリコン1位
ウルフルズガッツだぜ!!1995年12月21週ランクイン
THE YELLOW MONKEYJAM1996年2月80万枚超

平成のシングル売上の順位は、オリコンが2019年4月に発表した平成の推定売上のランキングによります。

米米CLUBとサザン|ドラマ主題歌の大ヒット

米米CLUBの「君がいるだけで」は、平成に最も売れたシングルの1つです。1992年5月4日にフジテレビ系ドラマ「素顔のままで」の主題歌として発売され、オリコンの平成の推定売上で289.5万枚、平成のシングル売上の4位に入りました。この年の日本レコード大賞では、ポップス・ロック部門の大賞を受けています。

1978年デビューのサザンオールスターズも、1992年7月の「涙のキッス」がTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の主題歌としてオリコン1位を記録しました。2000年の「TSUNAMI」は平成のシングル売上で2位です。夏の名曲は懐かしい夏の歌一覧で紹介しています。

Mr.Childrenとスピッツの大ヒット

Mr.Childrenは、90年代半ばにミリオンヒットを続けて出したバンドです。オリコンによると、1994年から1996年上半期に出したシングルはすべて100万枚を突破し、1994年6月の「innocent world」は日本レコード大賞を受けました。同じ年11月の「Tomorrow never knows」は276.6万枚で、平成のシングル売上の6位です。

スピッツの「ロビンソン」は、1995年4月5日の発売で最高位は4位でしたが、36週にわたってランクインし、ユニバーサル ミュージックによると150万枚を売りました。1995年の日本レコード大賞では金賞を受け、翌1996年の「チェリー」はオリコン1位になっています。

THE YELLOW MONKEYとウルフルズ

THE YELLOW MONKEYとウルフルズは、それぞれの個性で90年代半ばに大きな支持を集めました。グラムロックをルーツに持つと公式に紹介されるTHE YELLOW MONKEYは、1992年5月にメジャーデビューし、1996年2月の「JAM」が80万枚を超えました。1998年2月の「球根」でオリコン1位を取っています。

ウルフルズは1995年12月の「ガッツだぜ!!」が21週のロングヒットになり、1996年の日本レコード大賞でトータス松本さんの作曲賞やベストアルバム賞を受けました。同じ時期には、シャ乱Qの「ズルい女」も1995年の金賞を受けています。

WANDSとDEEN|ビーイングのバンド

ビーイングに所属したバンドは、CMやアニメの曲で90年代前半のヒットを支えました。WANDSはプロデューサーの長戸大幸さんを介して1991年に結成され、1992年7月の「もっと強く抱きしめたなら」がオリコン1位・44週、1994年の「世界が終るまでは…」はアニメ「スラムダンク」のエンディング曲として1位になりました。

DEENは1993年3月のデビュー曲「このまま君だけを奪い去りたい」が、NTTドコモのポケベルのCMに使われて2位になっています。音楽ナタリーの大石始さんは、ビーイングがカラオケで歌われることとCMの短い時間で印象を残すことを意識した曲づくりで、その後のヒットの形をつくったと書いています。

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90年代の女性ボーカルのバンド

90年代には、女性だけのバンドと、女性ボーカルを中心にしたバンドの両方がヒットチャートの上位に並びました。プリンセス プリンセスの「Diamonds」に始まり、DREAMS COME TRUE、JUDY AND MARY、the brilliant greenへと、時期ごとに代表的なバンドが入れ替わっています。

90年代の女性ボーカルのバンドの一覧

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90年代の女性ボーカルのバンドの一覧
バンド代表曲発売主な記録
SHOW-YA限界LOVERS1989年2月19週ランクイン
PERSONZDear Friends1989年2月27週ランクイン
プリンセス プリンセスDiamonds1989年4月オリコン1位
LINDBERG今すぐKiss Me1990年2月オリコン1位
DREAMS COME TRUELOVE LOVE LOVE1995年7月平成のシングル売上8位
JUDY AND MARYそばかす1996年2月オリコン1位
the brilliant greenThere will be love there1998年5月オリコン1位
Hysteric Blue春〜spring〜1999年1月19週ランクイン

PERSONZのボーカルはJILLさん、LINDBERGは渡瀬マキさん、DREAMS COME TRUEは吉田美和さん、JUDY AND MARYはYUKIさん、the brilliant greenは川瀬智子さん、Hysteric BlueはTamaさんです。

プリンセス プリンセス|女性だけのバンド

プリンセス プリンセスは、平成の初めに女性だけのバンドとして大きなヒットを出しました。1989年4月21日の「Diamonds」はオリコン1位・67週を記録し、ソニーミュージックはCDシングルで初めて100万枚を超えた曲と紹介しています。同じ年7月の「世界でいちばん熱い夏」も1位です。

Real Soundの冬将軍さんによると、「ガールズバンド」という呼び方が広まったのは2000年代以降で、当時は「ギャルバン」と呼ばれ、その筆頭格がハードロックのSHOW-YAでした。ポップなプリンセス プリンセスとハードなSHOW-YAは、対照的なライバルとして扱われることが多かったといいます。

DREAMS COME TRUEとLINDBERG

DREAMS COME TRUEは、公式のプロフィールで1988年1月の「バンド結成」と紹介され、1989年3月21日にデビューしました。1995年7月の「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」はTBS系ドラマ「愛してると言ってくれ」の主題歌で、オリコンの平成の推定売上で248.9万枚、平成のシングル売上の8位です。

LINDBERGは、1990年2月の「今すぐKiss Me」がフジテレビ系ドラマ「世界で一番君が好き!」の主題歌としてオリコン1位になり、1992年の「恋をしようよYeah! Yeah!」などでも1位を重ねました。女性ボーカルのバンドでも、ドラマの主題歌から大きなヒットが生まれています。

JUDY AND MARYと後半の女性ボーカル

90年代後半の女性ボーカルのバンドを代表するのがJUDY AND MARYです。1993年9月にデビューし、1996年2月の「そばかす」はフジテレビ系アニメ「るろうに剣心」のオープニング曲としてオリコン1位になりました。ソニーミュージックによると、アルバム『THE POWER SOURCE』は280万枚を売り、2001年3月の東京ドーム公演で解散しています。

1995年に京都で結成されたthe brilliant greenは、1998年にTBS系ドラマ「ラブ・アゲイン」の主題歌「There will be love there -愛のある場所-」でオリコン1位を取りました。1999年にはHysteric Blueの「春〜spring〜」が19週のヒットになりました。

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90年代後半はロックが多様になりフェスも始まった

1997〜1999年ごろは、インディーズのレーベルから出たバンドや、ヒットチャートの順位以上に後のバンドへ影響を与えたバンドが目立つ時期です。野外のロックフェスが始まり、バンドを聴く場がCDから会場へ広がった時期でもあります。

90年代後半はロックが多様になりフェスも始まったの一覧

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90年代後半はロックが多様になりフェスも始まったの一覧
バンド代表作発売主な記録
エレファントカシマシ今宵の月のように1997年8月ドラマの主題歌
L'Arc〜en〜CielHONEY1998年7月オリコン1位
SUPERCARSunday People1998年9月オリコン21位
GLAYWinter, again1999年2月レコード大賞
Dragon AshGrateful Days1999年5月オリコン1位
TRICERATOPSGOING TO THE MOON1999年5月ポカリスエットのCM
NUMBER GIRL透明少女1999年5月メジャーデビュー曲
Hi-STANDARDMAKING THE ROAD1999年6月アルバムが初登場3位

GLAYとL'Arc〜en〜Cielは、ビジュアル系の流れで語られることもあるバンドです。L'Arc〜en〜Cielは1998年7月8日に「HONEY」を含む3枚のシングルを同時に発売しました。

Hi-STANDARDとAIR JAMの時代

Hi-STANDARDは、インディーズのレーベルから大きなヒットを出したバンドです。公式のプロフィールによると1991年8月に結成し、インディーズのレーベルPIZZA OF DEATH RECORDSから出した1999年6月30日のアルバム『MAKING THE ROAD』がオリコン初登場3位になり、オリコンは約60万枚を超えるヒットと紹介しています。

Hi-STANDARDを中心に企画されたイベント「AIR JAM」は、1997年にお台場で1万5,000人、1998年に豊洲で3万人、2000年に千葉マリンスタジアムで3万5,000人を集めました。1997年にはFUJI ROCK FESTIVALも始まり、バンドをライブで観る楽しみが広がっていきます。

エレファントカシマシとDragon Ash

エレファントカシマシは、1988年のデビューから9年後に最大のヒットを出しました。1997年8月1日の「今宵の月のように」は、フジテレビ系ドラマ「月の輝く夜だから」の主題歌として最高8位を記録し、オリコンの記録ではこのバンドで最も売れたシングルです。

1997年にメジャーデビューしたDragon Ashは、ミクスチャーロックと呼ばれる音楽で、1999年5月の「Grateful Days」がオリコン1位になりました。同じ1999年5月には、TRICERATOPSの「GOING TO THE MOON」もポカリスエットのCMソングとして5位に入っています。

くるり・SUPERCAR・NUMBER GIRL

くるり、SUPERCAR、NUMBER GIRLは、売上の順位以上に後のバンドへ影響を与えたと語られる3組です。Real Soundの兵庫慎司さんは、90年代後半にデビューし、その後の日本のロックバンドの音楽やあり方に大きな影響を与えた存在として、今も3組の名前が並べて挙げられると書いています。

くるりは1998年に「東京」でメジャーデビューし、NUMBER GIRLは1999年5月に「透明少女」でデビューしました。NUMBER GIRLのシングルの最高位は26位、SUPERCARは21位と、チャートの数字だけでは大きさが分からないバンドです。ヒット曲の一覧に出てこないバンドを探すときは、こうした評論の記事も手がかりになります。

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2000年代と令和へつながる90年代のバンド

90年代のバンドの流れは、2000年代のインディーズ出身のバンドへ受け継がれ、令和に入っても再始動や配信での再評価が続いています。当時のCDが手元になくても、配信で代表曲を聴き直せる曲は少なくありません。

BUMP OF CHICKENとMONGOL800

2000年代の初めには、メジャーとインディーズの垣根がなくなっていきました。音楽ナタリーの連載によると、MONGOL800が2001年9月に出したアルバム『MESSAGE』はインディーズの作品ながら200万枚以上を売り、オリコンの週間ランキングでも1位になっています。

2000年にメジャーデビューしたBUMP OF CHICKENは、2001年3月の「天体観測」が45週にわたってランクインしました。2000年前後には、女性だけのバンドのWhiteberryが「夏祭り」を、ZONEが「secret base ~君がくれたもの~」をヒットさせ、平成のバンドは次の世代へつながっていきます。

2016年の再集結など再始動したバンド

90年代に活躍したバンドには、解散や活動休止のあとに再び集まったグループが多くあります。THE YELLOW MONKEYは2004年に解散したあと、2016年1月8日に再集結を発表し、2019年には19年ぶりのアルバム『9999』を出しました。公式サイトでは2026年10月に、12月28日の日本武道館公演が告知されています。

ユニコーンは2009年に16年ぶりの新曲で再始動し、米米CLUBは2006年、JUN SKY WALKER(S)は2007年に再結成しました。Hi-STANDARDは2016年のシングル「ANOTHER STARTING LINE」でオリコン1位を取っています。活動の状況は変わることがあるため、ライブに行きたいときは各バンドの公式サイトで最新の情報を確かめてください。

ロビンソンのMVが2億回に届いた配信の時代

90年代のバンドの曲は、配信や動画で新しい世代にも聴かれています。THE FIRST TIMESによると、スピッツの「ロビンソン」の公式ミュージックビデオは2025年9月15日にYouTubeで2億回の再生を突破し、ユニバーサル ミュージックの調べでは90年代に出た曲で初めての記録です。

Billboard JAPANは2025年に、スピッツの「空も飛べるはず」が「チェリー」などに続いてストリーミングの累計再生で1億回を突破し、1990年代に出た曲で5曲目の記録になったと伝えています。CDで聴いていた曲を配信で聴き直し、当時を知らない家族と共有できるのも、今ならではの楽しみ方です。

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まとめ

90年代のバンドは、イカ天やホコ天から生まれたバンドブームの時代、Mr.Childrenやスピッツ、米米CLUBがミリオンを連発した時代、Hi-STANDARDのようなインディーズのバンドや野外フェスが広がった時代へと移りました。女性ボーカルのバンドも、プリンセス プリンセスからJUDY AND MARYへと続いています。

年ごとのヒット曲もあわせて振り返りたくなったら、1990年代のヒット曲一覧で当時のヒットチャートを見てみてください。

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参考資料

個別の品やサービスの発売時期は、各図鑑ページで項目ごとに出典を示します。

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