ビジュアル系とは|呼び名の由来と見た目の特徴

ビジュアル系は、派手なメイクや衣装、髪型で独自の世界観を表すバンドや、その文化を指す言葉です。「ヴィジュアル系」「V系」も同じものを指し、1990年前後に専門誌を通じて呼び名が広まりました。

呼び名の元はXのVISUAL SHOCK

ビジュアル系という呼び名は、X(現X JAPAN)が掲げたコピー「PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK」に由来するとされます。1990年10月に創刊した専門誌『SHOXX』の編集長だった星子誠一さんは、1989年のアルバム『BLUE BLOOD』のコピーから「VISUAL SHOCK」の考えを借りたと、2018年のインタビューで語っています。

星子さんはライターに「お化粧系ではなくヴィジュアルショック系」と書くよう求め、呼び名は「ヴィジュアル系」「V系」へと短くなってファンにも広まりました。それより前は「黒服系」「お化粧バンド」と呼ばれていたと、音楽ナタリーは書いています。Xのコピーが元になり、専門誌の誌面で定着したと考えると、流れがつかみやすいでしょう。

派手なメイクとヘビーメタル由来の音

見た目の特徴は、濃いメイクと派手な髪型、ゴシック調の衣装です。関西大学大学院の齋藤宗昭さんは2017年の論文で、ハードロックやヘビーメタルのような激しい音に歌謡曲のような覚えやすいメロディを乗せ、ゴシック調の衣装と化粧で見せることを、V系の特徴に挙げています。

同じ論文は、ルーツの中でもヘビーメタルの影響が最も大きいとし、LUNA SEAやL'Arc〜en〜Cielのメンバーにもヘビーメタルのバンドの出身者がいると紹介しました。激しい音と口ずさめるメロディの組み合わせが、ライブハウスからテレビの音楽番組まで届いた理由の1つでしょう。

5つの時期で見る90年代V系の流れ

90年代のV系とその後の流れは、前史・前半・黄金期・転換・2000年代の5つの時期に分けるとつかめます。音楽ナタリー(2019年)、Real Sound(2019年)、@DIME(2025年)の整理をもとにすると、次のとおりです。

5つの時期で見る90年代V系の流れの表

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5つの時期で見る90年代V系の流れの表
時期年主な出来事代表的なバンド
前史1989〜1991年XとBUCK-TICKのヒット、専門誌の創刊X、BUCK-TICK、D'ERLANGER
前半1992〜1995年メジャーデビューが続くLUNA SEA、黒夢
黄金期1996〜1998年四天王の登場、流行語にノミネートSHAZNA、MALICE MIZER
転換1999〜2001年デビューの続出とブームの収束PIERROT、DIR EN GREY
2000年代2002年〜ネオヴィジュアル系、海外での人気the GazettE、MUCC

年の区切りは目安で、出典によって1〜2年ずれます。自分が夢中だった年を表で探すと、どの時期のバンドを聴いていたかが分かります。

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ビジュアル系の始まりはXとBUCK-TICK

ビジュアル系の始まりは、1989年前後にヒットを出したXとBUCK-TICKです。音楽ナタリーはXを「ヴィジュアル系バンドの先駆者的存在」と紹介し、BUCK-TICKも同じ時期にオリコン1位を重ね、後に続くバンドの道を開きました。

ビジュアル系の始まりはXとBUCK-TICKの一覧

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ビジュアル系の始まりはXとBUCK-TICKの一覧
バンドメジャーデビューいちばん売れたシングルその曲の最高位その後
X、のちのX JAPAN1989年1993年の「Tears」2位1997年に解散、2007年に再開
BUCK-TICK1987年1990年の「悪の華」1位2024年からBUCK∞TICK
D'ERLANGER1990年1990年の「DARLIN'」9位1990年に解散、2007年に再始動

いちばん売れたシングルとその曲の最高位は、オリコンの各バンドの「シングル売上ランキング」によります。以下の表も同じです。

X|紅とENDLESS RAINでブレイク

Xは、YOSHIKIさんとToshlさんを中心に1982年に結成し、1989年のアルバム『BLUE BLOOD』でメジャーデビューしたバンドです。同じ年の「紅」は最高5位で39週ランクインし、「ENDLESS RAIN」は映画「ZIPANG」の主題歌として3位まで上がりました。1991年の日本レコード大賞では、アルバム『Jealousy』が優秀アルバム賞に選ばれています。

X JAPANとしては、1994年の「Rusty Nail」から1996年の「Forever Love」まで4作がオリコン1位になりました。公式サイトによると、5万5000人の東京ドームを18回売り切り、作品の売上は3000万枚を超えます。1997年に解散したあと、2007年に活動を再開しました。

BUCK-TICK|悪の華がオリコン1位

BUCK-TICKは、1990年1月の「悪の華」でオリコン1位を取ったバンドです。1987年にメジャーデビューし、1989年のアルバム『TABOO』も1位になりました。公式プロフィールによると、デビューから2年で日本武道館と東京ドームに立っています。

1991年の日本レコード大賞では、アルバム『狂った太陽』がXの『Jealousy』と並んで優秀アルバム賞に選ばれました。音楽ライターの冬将軍さんは、同じ時代のバンドがメイクをやめていくなかで、BUCK-TICKはメイクを続けたとReal Soundに書いています。2024年からはBUCK∞TICKの名前で活動し、2026年も日本武道館を含むツアーを予定しています。

D'ERLANGERとhideのソロ

D'ERLANGERは、XやBUCK-TICKと並んでV系の黎明期に名前が挙がるバンドです。1990年1月のシングル「DARLIN'」でメジャーデビューし、東宝映画「ふうせん」のテーマとして9位まで上がりましたが、同じ年の末に解散しました。2007年に再始動し、2008年4月に初めて日本武道館に立っています。

Xのギタリストのhideさんは、1993年にソロ活動を始めました。1998年の「ピンク スパイダー」と「ever free」はどちらもオリコン1位になり、同じ年の日本レコード大賞で特別賞を受けています。バンドのメンバーがソロでもヒットを出したことは、V系の人気の広がりを示す一例です。

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90年代前半はLUNA SEAと黒夢がメジャーへ

1992〜1995年は、ライブハウスで人気を集めたバンドが次々にメジャーデビューした時期です。音楽ナタリーは、1992年にLUNA SEA、1994年にGLAYや黒夢がメジャーデビューした流れを、V系の広がりとして書いています。

90年代前半はLUNA SEAと黒夢がメジャーへの一覧

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90年代前半はLUNA SEAと黒夢がメジャーへの一覧
バンドメジャーデビューいちばん売れたシングルその曲の最高位最近の動き
LUNA SEA1992年1998年の「STORM」1位2026年12月にアリーナ公演
黒夢1994年1997年の「少年」3位2026年7月にアリーナ3日間公演
GLAY1994年1999年の「Winter,again」1位2026年10月に新アルバム
L'Arc〜en〜Ciel1994年1998年の「HONEY」1位2026年10月から35周年ツアー
SOPHIA1995年1997年の「街」13位2026年7〜8月に全国ツアー
SIAM SHADE1995年1997年の「1/3の純情な感情」3位2025年にSOPHIAと共演

LUNA SEA|TRUE BLUEで初の1位

LUNA SEAは、1992年にアルバム『IMAGE』でメジャーデビューし、1994年の「TRUE BLUE」で初めてオリコン1位になったバンドです。その前の「ROSIER」は最高3位ながら25週ランクインするロングヒットになり、同じ年の日本レコード大賞でミュージックビデオ賞を受けました。

2000年までに出したシングルのうち、「DESIRE」「STORM」など6作がオリコン1位です。オリコンのプロフィールは、ビジュアル系の妖しいイメージと高い音楽性で人気を集めたと紹介しています。2000年に“終幕”を発表したあと、2010年に活動を再開し、2026年は結成記念日の5月29日から全国ホールツアーを開き、12月にはアリーナ公演を予定しています。

黒夢|お立ち台の始まりとされる

黒夢は、清春さんと人時さんを中心に、1994年2月にメジャーデビューしたバンドです。1997年の「少年」はダイハツのCMに使われて3位、1998年の「MARIA」は2位まで上がりました。「NITE&DAY」は日本テレビ系「ぐるぐるナインティナイン」のエンディング曲で、テレビで耳にした人もいるでしょう。

ボーカルがライブで乗る台「お立ち台」は、清春さんが始まりとされると、Real Soundの冬将軍さんは書いています。1999年1月に無期限の活動休止に入り、2010年の再始動を経て、2025年2月に10年ぶりに再始動しました。2026年7月にはTOYOTA ARENA TOKYOで3日間の公演を開いています。

GLAYとL'Arc〜en〜Cielの立ち位置

GLAYとL'Arc〜en〜Cielは、V系と同じ時代にデビューし、V系の文脈で語られることも多いバンドです。音楽ナタリーや@DIMEはGLAYをV系の流れの中で紹介する一方、オリコンのプロフィールは2組とも「ロックバンド」と書いています。@DIMEは、L'Arc〜en〜Cielは発言やスタンスから見てヴィジュアル系ではないと分類するのが妥当だとしています。

GLAYは1999年に「Winter,again」で日本レコード大賞を受け、L'Arc〜en〜Cielは1998年に3枚のシングルを同時に出して2枚をミリオンにしました。2組がV系かどうかは、見方が分かれます。2組の詳しい記録は90年代のバンド一覧で紹介しています。

SIAM SHADEとSOPHIAの代表曲

SIAM SHADEとSOPHIAは、どちらも1995年10月にメジャーデビューし、V系の文脈で語られることも多いバンドです。SIAM SHADEの「1/3の純情な感情」は、1997年にフジテレビ系アニメ「るろうに剣心」のエンディング曲として3位まで上がり、21週ランクインしました。

SOPHIAは1997年の「街」が31週のロングヒットになり、1998年の「黒いブーツ〜oh my friend〜」と1999年の「Place〜」で2位を記録しています。2組は2025年に「SIAM SOPHIA」として大阪城ホールやTOYOTA ARENA TOKYOで共演し、SOPHIAは2026年7〜8月に全国7か所13公演のツアーを開きました。

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1997年の黄金期とビジュアル系四天王

1997年は、SHAZNAなど4組が相次いでメジャーデビューし、「ビジュアル系四天王」と呼ばれた黄金期の頂点の年です。音楽ナタリーによると、SHAZNAが大ブレイクしたこの年、「ヴィジュアル系」は新語・流行語大賞にノミネートされました。

1997年の黄金期とビジュアル系四天王の一覧

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1997年の黄金期とビジュアル系四天王の一覧
バンドメジャーデビューいちばん売れたシングルその曲の最高位最近の動き
SHAZNA1997年1997年の「Melty Love」2位2026年8月にデビュー29周年
MALICE MIZER1997年1998年の「月下の夜想曲」11位2001年から活動停止
La'cryma Christi1997年1998年の「未来航路/Siam's Eye」3位2025年に期間限定で再始動
FANATIC◇CRISIS1997年1998年の「火の鳥」10位後身のバンドで活動
PENICILLIN1996年1998年の「ロマンス」4位2026年11〜12月にツアー予定
CASCADE1995年1998年の「FLOWERS OF ROMANCE」5位2025年に30周年アルバム

バンドとしての最高位は、MALICE MIZERが4位、FANATIC◇CRISISが5位です。FANATIC◇CRISISの後身は、2019年に元メンバー3人が始めたFANTASTIC◇CIRCUSです。CASCADEはV系と同じ番組で人気を得たバンドで、V系に入れない見方もあります。

四天王は1997年前後にデビューした4組

「ビジュアル系四天王」は、SHAZNA、MALICE MIZER、La'cryma Christi、FANATIC◇CRISISの4組を指す呼び名です。@DIME(2025年)は「1997年メジャーデビューの『V系四天王』」と書き、ORICON NEWS(2025年)も同じ時期に活躍した4組が四天王と称されて人気を集めたと書いています。

4組のうち、オリコン1位を取ったのはSHAZNAの「WHITE SILENT NIGHT/SHELLY」だけで、ほかの3組のシングルの最高位は3〜5位です。チャートの1位の数よりも、テレビ番組のエンディング曲やライブ、専門誌での人気が4組を支えたと見ると、黄金期の空気がつかめます。

SHAZNA|Melty Loveで大ブレイク

SHAZNAは、1997年8月の「Melty Love」でメジャーデビューし、その年のうちに大ブレイクしたバンドです。「Melty Love」はテレビ朝日系「所さんのこれアリなんじゃないの!?」のエンディング曲として2位まで上がり、23週ランクインしました。同じ年12月の「WHITE SILENT NIGHT/SHELLY」は、TBS系「王様のブランチ」のエンディング曲で1位を取っています。

ボーカルのIZAMさんの中性的なルックスが話題になり、ライブでは羽根扇子を使った振りも知られました。2000年の活動休止や解散を経て2017年に再始動し、2026年8月にメジャーデビュー29周年を迎えています。

MALICE MIZERら残る3組の代表曲

MALICE MIZERは、舞踏会のような演出で知られたバンドです。1998年の「月下の夜想曲」はTBS系「江川の食卓」のエンディング曲として12週ランクインし、同じ年の「Le ciel〜空白の彼方へ〜」は4位まで上がりました。2代目ボーカルのGACKTさんは、1999年5月にソロデビューしています。

La'cryma Christiは1994年から5人で活動し、1998年の「未来航路/Siam's Eye」がテレビ東京系アニメのエンディング曲として3位を記録しました。FANATIC◇CRISISは「火の鳥」が「ぐるぐるナインティナイン」のエンディング曲に使われ、同じ1998年の「Maybe true」で5位まで上がっています。

番組のエンディング曲で知られたバンド

黄金期のV系の曲は、テレビ番組のエンディングでよく流れていました。「所さんのこれアリなんじゃないの!?」ではSHAZNAの「Melty Love」のほか、CASCADEの「S.O.Sロマンティック」やLa'cryma Christiの「南国」が使われています。

アニメの主題歌でヒットした曲もあります。PENICILLINの「ロマンス」は1998年にアニメ「セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん」のオープニング曲として4位、Laputaの「meet again」はアニメ「金田一少年の事件簿」のオープニング曲になりました。曲名が出てこないときは、見ていた番組の名前から思い出すとたどりやすいでしょう。

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1999年のデビュー続出と2000年の転換

1999年は注目のバンドのメジャーデビューが相次いだブームの頂点で、2000年にはテレビでのブームが落ち着きました。Real Soundの藤谷千明さんは、2000年のSHAZNAの活動休止とLUNA SEAの終幕を、その区切りに挙げています。

1999年のデビュー続出と2000年の転換の一覧

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1999年のデビュー続出と2000年の転換の一覧
バンドメジャーデビューいちばん売れたシングルその曲の最高位その後
PIERROT1998年1999年の「ラストレター」5位2025年に30周年公演
DIR EN GREY1999年1999年の「ゆらめき」5位2025年にLUNATIC FEST.出演
Janne Da Arc1999年2005年の「月光花」2位2019年に解散
SADS1999年2000年の「忘却の空」2位2018年末から活動休止

PIERROTとDIR EN GREYのデビュー

PIERROTとDIR EN GREYは、1998〜1999年にメジャーデビューし、短い期間で大きな会場に立ったバンドです。PIERROTは1998年9月の「クリア・スカイ」でデビューし、半年後の1999年4月1日に日本武道館、1年で西武ドームの公演を開きました。1999年12月には、場所を明かさずに行ったライブを街頭ビジョンや衛星放送、インターネットで中継しています。

DIR EN GREYは、1999年1月20日にXのYOSHIKIさんのプロデュースで「アクロの丘」「残-ZAN-」「ゆらめき」の3枚を同時に出してデビューし、3作ともトップ10に入りました。同じ時期にデビューした2組はファン同士が張り合った時期もあり、2017年の共演は両者の曲名「アクロの丘」「メギドの丘」にちなんでファンから「丘戦争」と呼ばれました。2024年にも再び共演しています。

1999年デビューのJanne Da Arcら

1999年には、ほかにもJanne Da Arc、Raphael、SADSがメジャーデビューしました。Janne Da Arcは「ヴィジュアル系バンドの最終兵器」という触れ込みで5月に「RED ZONE」を出し、2005年の「月光花」はアニメ「ブラック・ジャック」のオープニング曲として2位まで上がっています。

Raphaelは7月にデビューし、翌2000年にはメンバーが18歳で日本武道館の公演を成功させました。SADSは、黒夢を活動休止させた清春さんが結成したバンドで、2000年の「忘却の空」がTBS系ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の主題歌として2位を記録しています。これだけデビューが重なったことは、1999年がブームの頂点だったことを示しています。

2000年にブームが落ち着いた理由

2000年前後は、中心のバンドの休止や解散が重なった時期です。黒夢は1999年に活動を休止し、2000年にはSHAZNAが活動を休止してLUNA SEAが終幕、2001年にはMALICE MIZERも活動を止めました。中心にいたバンドが相次いで休んだことで、テレビやチャートでV系を見かける機会は減っていきます。

CDの売れ方も変わりつつありました。音楽ナタリーによると、日本レコード協会の調べで音楽ソフトの売上枚数は1997年が頂点で、『オリコン年鑑 1999年度版』は1998年の市場について、CDシングルの行き詰まりを指摘しました。一方で藤谷さんは、1999年を「『ブーム』から『文化』への変化」の転換点と見ています。テレビでの人気と、ライブハウスやファンの間の人気を分けて考えると、「終わった」と「続いた」の両方の見方に納得がいきます。

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90年代ビジュアル系のファン文化と今

90年代のV系は、バンギャと呼ばれるファンやライブの振り、専門誌といった文化とともに広がりました。2025年からは黄金期のバンドの再始動が続き、配信で当時の曲を聴き直せるバンドも増えています。

バンギャと手扇子などライブの振り

V系のファンは「バンギャ」と呼ばれ、遠征したり衣装やメイクでライブを彩ったりする存在です。ライブでは、両手をひらひらさせて左右に「∞」を描く「手扇子」が、V系らしい振りとして定着しました。

バンドごとの振りも生まれ、GLAYの「GLAYチョップ」やSHAZNAの羽根扇子、PIERROTの振りが知られています。当時のV系は音楽の評論で「イロモノ」扱いされることもありましたが、ファンが一緒に動くライブの楽しさが人気を支えたといえます。

専門誌と原宿の神宮橋がファンの場

インターネットが広まる前、V系の情報源は専門誌でした。1990年10月に『SHOXX』が創刊され、ニューウェイブ系の雑誌だった『FOOL'S MATE』もV系を扱う雑誌に変わっていきます。原宿の神宮橋は、当時のV系ファンの交流の場として知られていました。

1999年にはNTTドコモのiモードと「魔法のiらんど」が始まり、10代のファンの交流がネットへ広がりました。Real Soundの藤谷千明さんの見方では、これがメディアから一方的に届く流れから、口コミで広がる流れへの転換点でした。90年代に流行した髪型やファッション全般は、平成の髪型一覧や平成ファッションの年表でも振り返れます。

2000年代のネオヴィジュアル系と海外

2000年代には新しい世代がシーンを受け継ぎ、顔ぶれには諸説ありますが、the GazettE、シド、ナイトメア、アリス九號.が「ネオヴィジュアル系四天王」と呼ばれることが多くあります。Plastic Treeは音楽ナタリーで「ネオヴィジュアル系バンドのパイオニア」と紹介され、the GazettEは2010年に東京ドームで公演しました。

海外では「Visual kei」の名前で知られるようになりました。DIR EN GREYは2002年のアジアツアーをきっかけに欧米へ進み、2007年には12カ国で121本の公演を行っています。X JAPANも2014年にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで公演し、2018年には米国の音楽フェス、コーチェラに出演しました。

2025〜2026年の再始動と今聴く方法

2025年からは、黄金期のバンドが再び集まる動きが続いています。2025年11月には、La'cryma ChristiやSHAZNA、PENICILLINなどが出演する「CROSS ROAD Fest」が幕張イベントホールで開かれ、同じ月にはLUNA SEA主催の「LUNATIC FEST. 2025」も幕張メッセで開かれました。

今聴くなら、配信サービスが手軽です。L'Arc〜en〜Cielは2019年12月に全曲を配信で解禁し、La'cryma Christiも2025年10月から過去の作品を配信しています。CDで集めた世代なら、8cmシングルCDの図鑑で当時のCDの形を思い出すのも楽しいはずです。

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まとめ

90年代のビジュアル系は、XとBUCK-TICKが道を開き、LUNA SEAや黒夢のメジャーデビューを経て、1997年にSHAZNAら四天王が登場した黄金期へと進みました。1999年のデビュー続出を頂点に、2000年にテレビでのブームは落ち着きましたが、ファンの文化は2000年代のネオヴィジュアル系や海外へ受け継がれています。

2025年からは黄金期のバンドの再始動も続いています。気になるバンドがあれば、配信で代表曲を聴き直し、同じ時代を過ごした友人と思い出を語ってみてください。

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参考資料

個別の品やサービスの発売時期は、各図鑑ページで項目ごとに出典を示します。

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