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平成インターネット文化|90年代の個人サイトからSNS・動画まで

平成のインターネットは、家庭のパソコンから携帯電話へ、見る場所から自分で書く場所へ、そして動画やSNSへと変わりました。現在のWebからは消えたページも多いため、サービスの公式記録と、当時の使われ方に関する記憶を分けてたどります。

ブラウン管モニターと有線マウスのある平成のパソコン机

1990年代:家庭のパソコンから、時間を決めてつなぐ

1990年代後半、家庭からインターネットへ接続する体験が少しずつ広がりました。総務省の情報通信白書は、1995〜2005年ごろをインターネットと携帯電話が普及した時期として整理し、1999年の商用ADSL開始後、2000年代前半に常時接続が急速に広がったとしています。

常時接続が一般化する前は、接続時間や電話料金を意識しながらページを見たり、画像の読み込みを待ったりする感覚がありました。個人ホームページでは、背景、文字色、アクセスカウンター、リンク集などを組み合わせ、自分の居場所を一ページずつ作りました。

1999年以降:iモードが小さな画面へインターネットを運ぶ

PHSは1995年に始まり、通話に加えてPメールやデータ通信へ広がりました。NTTドコモのiモードは1999年に始まり、携帯電話から情報やメールへアクセスする入口を日常へ持ち込みました。通信方式やサービスは異なりますが、どちらも小さな端末でつながる経験を広げました。

パソコン向けサイトと携帯向けサイトは同じ見た目ではなく、URLや機能が分かれていることもありました。平成インターネット文化を再現するときは、現在のスマートフォン画面をそのまま当てはめず、当時の端末と通信環境を確認する必要があります。

2000年代:読むだけでなく、プロフィールと日記を書く

個人ホームページ、携帯サイト、プロフィールサービスでは、好きなもの、学校生活、今日の出来事を自分の言葉で公開しました。魔法のiらんどは1999年に無料ホームページ作成サービスとして始まり、前略プロフィールでは用意された質問から自己紹介ページを作ってURLを交換しました。キリ番、掲示板、Web拍手、100の質問のように、訪問者との距離を小さな機能で表す工夫もありました。

mixiは2004年に始まり、日記、コミュニティ、足あとなどを通じて人とのつながりをサービス内へまとめました。モバゲータウンは2006年に始まり、ゲーム、アバター、日記、サークルを携帯サイト内で行き来する場を作りました。個人サイト中心の時代から、複数の機能を持つSNS・プラットフォームへ移る流れを確認できます。

動画とコメントが、同じ時間を共有する場所になる

ニコニコ動画では、映像の上を流れるコメントによって、別々の場所で見ていても同じ場にいるような感覚が生まれました。音楽、ゲーム実況、手描き動画、解説など、見る人が次の作り手になる循環も広がりました。

平成後期にはスマートフォンとSNSが普及し、URLを知っている人が訪れる個人ページから、投稿がタイムラインを流れて届く体験へ重心が移ります。ただし変化は一斉ではなく、パソコン、ガラケー、スマートフォンを併用した期間がありました。

消えたサービスを記録するときの注意

終了したサービスでは、当時の画面や個人の投稿が公式サイトに残っていないことがあります。スクリーンショットだけで時期や運営主体を断定せず、企業の沿革、報道発表、公的な白書、保存された案内ページを組み合わせて確認します。

また、個人ページに書かれていた文章や画像は、現在見つけられても自由に転載できるとは限りません。このサイトではサービスの仕組みと文化的な手掛かりを文章で記録し、第三者の投稿をそのまま複製しない方針です。

参考資料

制度やサービスの開始時期、商品の存在、当時の展開は、運営主体・公的機関の資料を優先して確認しています。